ビニール傘

 ちょっと想像してみてほしい。晴れていた空が曇りだし突然ものすごい雨が降りはじめる。あなたは建物の中にいて、傘を持っていない。いつやむのかとじっと窓の外を見ている。でもあなたは家に帰らなければいけない。そういうときあなたならどういう行動をとるだろうか。少し濡れて傘を買いに行く。しばらく様子を見る。いろいろと出る行動はあると思う。でも僕はそのとき(僕は大学にいた)忘れ物が置いてある警備室に借りに行くことにした。もしかしたら警備員が傘を貸してくれるかもしれない、という期待からだ。

 

 「すみません、傘を貸してくれませんか?」と窓口で尋ねると「いや、お貸出しはしてないんですよ」とあっさり断られてしまった。でも僕もここで、そうですかと引き下がるわけにはいかない。ぐしょぐしょになって帰るわけにはいかないのだ。そこで「たしか、、、4月ぐらいにパソコン室にビニール傘を忘れてしまったのですが」とふと思い出したように言うと(明らかな嘘)警備員の方もそれをびりびり感じているらしく簡単には貸さないぞという顔で「ビニール傘と言ってもいろいろとありますからね。取っ手は白ですか、黒ですか?そのビニールはこう薄く曇っていますかそれともきれいに透明なやつですか?」とやたら細かく聞いてくる。僕も「いやぁ4月なんでちょっとよく覚えてないんですよ」なんてごまかしながら答えていると、あげくの果てには「傘の長さはどのくらいですか?」と聞いてくる。ビニール傘の長さなんてだいたい決まっているから「普通のやつですよ、このぐらいかな」と手で表すと、相手はいかにも驚いたように「けっこう長いですね」といってもう一人の警備員と顔を合わせてにやにや笑っている。

 

 そんなおそろしく不毛な会話をだらだらと8分くらいしてねばっていると、ひとりの警備員が折れて「ちょっと見てくるから」と忘れ物の傘を確認しに行った。そして40本くらいのビニール傘を持ってくると「本当はいけないけど好きな傘持ってっていいから。ほら」とあきらめたように言った。僕の粘り勝ちである。ありがたくきれいな傘をいただいてその日はぬれずに帰ることができた。(警備員さん、ありがとうございました)

 

 某大学の事務室(おそらく他の大学もそう変わらないと思うが)は「学生にこう言われたら、こう言う」というマニュアルを持っていて、そのマニュアルから外れたものごとはいっさい受け入れないという合理的で、システム化された方針をとっているように僕は思う。でも同時に、そうしたシステム化された組織の中にも個々としてみれば人間的温かみを持った人も少なからずいるとも僕は思う。事務室からは傘を貸すな、と言われているけど僕に傘を貸してくれたあの警備員さんのように。

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                       来週のテーマは「人はなぜ・・」です!