牛肉ができるまで <エスフーズミートセンター>

 僕は焼肉屋でアルバイトをしているということもあって、結構な頻度で牛肉を目にする。だから牛肉にはそれなりに親しみを持っている。もしも牛肉と豚肉と鶏肉たちに「ねえ、あなた私たちの中で誰を選ぶのよ?はっきりしなさいよ」と一択をせまられたら、少し悩んで牛肉を選ぶだろう。まあそれくらい牛肉には親しみを持っている。だからというか僕はこの色々な職業や工場を取材しようという企画を最初に思いついたときから食肉工場には興味があった。牛肉という一つの商品がどういう風に作られていくのだろうかと。

 そこで今回僕のアルバイト先の協力の元、エスフーズという会社の食肉センターに見学に行ってきた。

 

 <エスフーズ>は兵庫県西宮市に本社を置く会社で国産和牛を国内はもちろん海外にも輸出している。関西方面では「こてっちゃん」という商品を作っている会社として多くの人に知られているかもしれない。今回僕ら(アルバイト先のSさんとAさんと僕)が訪れたのは埼玉県の八潮市にあるこのエスフーズの食肉センターだ。八潮駅から車で5〜6分ぐらいのところにその工場はある。僕はものすんごくでっかい工場みたいなのを想像していたのだが、そこまでは大きくなく田舎にある大型スーパーぐらいの大きさでとても綺麗な工場だ。

 

 まず応接間に通されそこで営業担当の栗原さんと工場のミートセンター長である坊さんに軽い説明を受ける。この八潮のミートセンターで扱っているのは主に牛の枝肉(頭・尻尾・手足・内臓を除いた部分)とのことだ。つまり生きている牛を気絶させて殺し血を抜いて皮を剥いで内臓を取り出したりする生々しい過程はもうすでに終えた肉をこの工場では扱っているということだ。だから今回はいちから全部の過程を見るわけではないことを最初に断っておきたい。

 

 ではいよいよ工場見学に入ろう。まず工場内は寒いので紺色の厚手の上着を着てから(これがけっこう気持ちいい。冬場なんかかなり重宝しそうだ)その上にさらに白いレインコートみたいなものを羽織る。そして工場の入り口に案内される。ここで長靴を履きマスクをつけ衛生帽(透明な給食帽のようなもの)をかぶり、手をアルコールで消毒する。やはり食品を扱うのでこの手の衛生管理はしっかりするのだろう。次にエア・シャワー室に入る。エア・シャワー室というのはドアとドアの間にある空間で、そこで一回に3人ずつ入りドアを閉じてホコリを吹き飛ばすのだ。中に入りドアを閉めると風が吹き始める。何秒かすると風が止むのでドアを開けて外に出る。外に出るとそこはもう肉工場だ。

 

僕たちの格好

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 さて、エア・シャワー室ですっかり身も(心も)清められた僕らはまず牛の枝肉たちが保管されている巨大な冷蔵庫に案内していただく。冷蔵庫といってももちろん家庭にあるようなものではなく40メートル四方の大きな倉庫である。ドアを開けて中に入るとそこには頭と手足が落とされ皮はすでに削がれた70頭ぐらいの牛(枝肉)たちが天井のレールから吊り下げられてずらりと並んでいる。これはかなり迫力がある。映画ロッキーで吊るされた牛の肉を主人公のスタローンがサンドバックに見立てて殴るシーンがあったけどまさにあんな感じだ。僕はもちろん殴らなかったけど。

 この冷蔵庫は最大200頭ぐらいの枝肉が保管できる。天井に付いているレールは全て手で動かすらしい。そっちの方が機械でリフトみたいに動かすより小回りがきくので動かす時にいいとのことだ。枝肉は全てコンピューターで「鹿児島産-雌-F8594」みたいに管理されている。また牛にはスタンプみたいなものが押されていてパッと見てすぐにどのランクの牛かわかるようになっている。お肉の質は主に牛のお腹のあたりに入れられた切込みから見えるサシ(赤みの肉に入っている霜降りのこと)の量で決まるという。そうして決められた牛のランクは番号とアルファベットで表示される。<アルファベット(A~D)は肉の量を、番号(1~5)はその肉の質をそれぞれ意味する> 例えば僕の前にある牛を見てみるとB4というスタンプが押されている。これは肉の量は2番目に多く、肉の質も5を一番良いものとするのでかなり良い牛だということがわかる。生きている時にその牛がどんなに可愛くてもハンサムであっても関係ない。ここで重視されるのはこのアルファベットと番号で表される量と質なのだ。もし僕なんかが量と質で評価されたらおそらくD2と書かれてドックフードなんかに混ぜられちゃうんだろうな、なんて下らないことを考えるわけだけどもちろんそんなことは現実には起こらない。

冷蔵庫の様子

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さて次に冷蔵庫で保管された牛を解体する解体場を見せていただく。これが肉工場最大の見せ場といってもいいだろう。

 先ほどの冷蔵庫からレールに吊るされた牛をガラガラと引いてきて、それを7人ぐらいのチームで解体していく。学校の体育で使う体操マットぐらいの長さのベルトコンベアーの両脇に3人ぐらいずつ肉を切る人たちが並び、まず先頭の人が運んできた牛をチェーンソーでいくつかの塊に分解しそれをベルトコンベアーの上に乗せる。(←小割と呼ばれる作業)そしてその塊を隣の人が抱えるようにして骨を抜いていく。(←抜骨)これは素人目には包丁で切るというよりは短剣のように肉に突き刺しているように見える。

  とここまで見て驚かされるのが牛を解体していくその速さだ。グイっグイっと肉から骨を取り、その骨を後ろに置いてあるプラステッィックのケースに放り込む。そして肉は隣の人に渡し自分は再び先頭から送られてくる塊に包丁を入れていく。これを手際よく凄まじい速さでこなしていくのだ。一頭を解体するのに要する時間は15分ぐらいだという。どうしてこんなに早く切ることができるのかというと彼らは「肉を切ること」だけを専門にしている職人なのだ。彼らは親方について切り方を習いエスフーズの会社から頼まれて1キロいくらいくらという契約で雇われている。自分たちが解体したぶんだけお金が儲かる完全歩合制だ。だからやる気も出るのだろう。彼らの一日は朝7時に工場にやってきて12時まで牛を解体し昼ご飯を食べ、午後はノルマ数(大体24頭ほど)の牛の解体が終わるまでやるらしい。世の中には肉を切ることだけを専門にして生きている人がちゃんといるのだ。本当は彼らに話を聞いてみたかったけどみんなすごく忙しそうにしていてとてもそんな雰囲気ではなかったのでしかたなく諦めた。

 

解体場の様子

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話を牛肉ができる過程に戻そう。えーとどこまで説明したんだっけ。あっ骨を抜いたところまででしたね。ここからまでくればあともう少しである。

 今度は骨を抜いた肉の端などを切ったり重ねたりしてトントンと整えていく。これはエスフーズの社員の人たちがやる。次に整えた肉を1メートルぐらいの四角いトンネルみたいな機械に通すとお肉たちは真空パックに詰められて出てくる。それを2秒間お湯につけ真空パックをぎゅっと縮ませる。そして真空パックに包まれた牛肉を取り出し今度は金属探知機に通す。坊さんによるとごくたまぁ〜に牛がうっかり金属を飲み込んでいることがあるらしい。だから一応金属探知機にもかけるのだ。僕たちが牛肉を食べた時に「あれ?今なんか硬いもの噛んだぞ」とならないのはこいつのおかげなのだ。

 そして金属探知機を無事パスしたお肉たちは情報が書かれたラベルをペタペタと貼られ箱に詰められていく。これをスムーズにやるのはけっこう難しい作業で(包まれた肉を瞬時にどの部分か判断し機械にその情報を打ち込まなければいけない)社員の人がやるとのことらしい。こうしてラベルを貼り終え、めでたく牛肉が商品として完成する。

 

一応、牛から牛肉になるまでの大まかな過程をまとめておきます。

 

(1)頭や手足、内臓が抜かれた牛が冷蔵庫に保管される。

(2)その牛を解体する。

(3)解体された肉を整える。

(4)真空パックに詰めて情報が印刷されたパッケージをはる。

   →完成!

こうして完成したお肉たちはスーパーや焼肉屋などに日々送られていくわけである。

 

 ………というわけで、牛が牛肉になるまでを見てきたのだけど、この工場見学を終えて僕が持った印象は占めている作業のほとんどは意外と機械じゃなくて人間の手作業が多いんだなということだ。今はいろんなものが機械にとって代わられていく時代だけどまだまだ手作業でしかできない(あるいはそっちの方が早い)部分も残っているようだ。少なくてもエスフーズの食肉工場には。そういう風景を見れてなんだかホッさせられた取材だった。

 最後に僕がおそるおそる「これはちょっとお肉のこととは関係ないかもしれないんですけど社員旅行とかってあるんですか」と聞くと坊さんは笑って「うちは365日営業していないといけないんですよ。元旦とかの注文もあるんで。でも工場の前の庭で新入社員を歓迎するバーベキューはやりますよ」と笑顔で答えてくれた。

 

 今回協力してくださったアルバイト先のSさんAさん、そしてエスフーズの栗原さん坊さんありがとうございました。

 

来週は「ドーナツとギター」です!