はじめに

 

 突然ですが、あなたは“この職業ってどんなことをやるのだろう?”と考えたことはありますか。例えば縁日の焼きそばの屋台のおっさんについて。僕の場合、どうしても色々と考えてしまう。やっぱり彼らの親も同じように焼きそばを焼いて生活していたのだろうか。彼らはどこから来てどこに去っていくのだろう。売れるためにどんな工夫をしているのだろう。月にどのくらいのお金が入ってくるのだろう。余った紅生姜とかはどうしているのだろう、などなど。これをインターネットとかでぽちぽちっと調べる方法もあるのだが(これは結構ラク)、それだとリアルな屋台の焼きそばのおっさんの姿はなかなか見えてこない。実際に自分で彼らに会って話を聞き、焼きそばを焼いたり食べたりしてはじめておっさんの姿がぼんやりと見えてくると僕は思う。もちろんこれにはそれなりに時間と手間はかかる(僕の嫌いな紅生姜だって食べなきゃいけないかもしれない)。でもまあ時間はうんざりするくらいあるのが学生である僕の売りみたいなものだから、まあ。  

 そしてこの『かど』というブログを始めようと思ったきっかけも「この仕事ってどんなことをやっているの?」という疑問を僕がふと抱いたからだ。だから記事にする職業も僕が面白そうと興味を持ったものになるし、取材できる相手も僕が学生なのでおのずと限られてくる。それとこの冊子には目的といったものはないと思っているけど、もしそのようなものがあるなら、それは実際にその仕事をしている人に会って、僕というフィルターを通して見たり聞いたりしたことをできるだけそのままの形で今これを読んでいる人またこれから読むであろう人に知ってもらうということになると思う。

 このブログはだいたい取材記事3、エッセイ7ぐらいの割合で週1回のペースで書いていこうと考えています。それとガリガリ君の新しい味がでるぐらいの頻度で僕の友人が文章を書いたりもします。まあ、あまりかたい読み物ではないので居間で爪でも切りながら読むぐらいがちょうどいいと思います。そしてこれを読みながら「ひひんっ」と笑ったり、「なるほど〜」と納得したり、「ふん、くだらねえや」と色々なことを感じて楽しんでもらえたらとても嬉しいです。

 

                  ホスト!         2018/03/23

 

 この『かど』の記念すべき最初の取材先は“ホスト”です。僕は自慢じゃないけどこれまでに3回ホストにならないかと勧誘を受けたことがある。どうして僕が?っていつも思うのだけど(たぶん、ホストという存在と僕は地球半周ぐらい離れている)考えられる理由は3つ。1、あまり頭が良いようには見えないから。(騙しやすい)2、暇そうに見えるから。3、お金がなさそうだから。でもただ理由もなくやみくもに声をかけているのかもしれない。全部丁寧に断ってきたけど今回この『かど』の記事にしようと思ったので断らずに思い切って(体験で)やってみることにした。だからこれは取材というよりも体験といった方が近いと思う。それに3時間で7千円くれるというし、友達(助っ人、飯岡君!)も連れてきていいということだったので、さっそく夜の歌舞伎町にいってきた。

 

 3階でエレベーターを降りて薄暗い通路を5メートルほど歩くとその店はある。どうやら1つのビルのワンフロアを使っているらしい。ドアを開けて中に入ると中は薄暗くブルーの床には水玉模様のライトが差し込んでいる。開店する前の時間なのでまだお客さんはいない。フロアはなんとなくがらんとしていている。フロア全体には大きな音でEDMが流れている。そこにあるどれもがホストクラブにあるべくして存在している。うっかりキャベツなんかが入り込むすきはないみたいだ。

 僕らはビップルーム(あとで知った)に通され軽い面接を受けその日やることを教わる。やることと言ってもそんなに難しいことではなくお客さま(もちろん女性)の席に行き、お酒を作り、マナーにしたがいながら時間がくるまで会話をする。まあ要するに「女性と楽しくお酒を飲んで話す」ということだ。こういうと「そりゃいいや。最高の仕事だい!」と喜んでホストになろうとする方がいるかもしれない。でも後で説明するがホストの仕事はそんな楽ではないのだ。

 開店が19時からなのでそれまで控え室で待つ。高校の部室みたいな控え室だ。狭くて汚い。何人かのホストが座ってタバコを吸っている。面接をした人が僕らを紹介してくれる。みんな最初の一瞬だけ僕を頭から足先までじろりと見るがすぐに「名前なんていうの?」と優しく話しかけてくれる。割とその手の切り替えは慣れているのかもしれない。

 彼らを見て気づいたのだがここのホストはかなりカジュアルな格好をしている。僕はホストというとカツラを5個重ねてかぶっているのではないかと疑いたくなる盛りに盛られた髪や黒いスーツみたいなのを想像するのだが、ここのホストは帽子をかぶっていたり、格好も英語がプリントしてあるTシャツに黒いズボンといった感じだ。だからギランギランのホストといったイメージからはかなり遠い。今はそうしたカジュアルなホストが人気なのかもしれない。後日知ったのだが、いわゆるホストといわれる職業をよりカジュアルにしたネオホストというのがあるらしい。僕らが行ったのはおそらくそのネオホストの店だったのだと思う。

 

 ここでこのホストクラブのシステムを簡単に説明しておきたい。まずこのホストクラブは営業時間が1部と2部と別れており1部は19:00〜24:00、2部は朝の6:00〜6時間。(僕たちは1部に参加させていただいた)値段は初めての人は60分1000円、90分2000円。VIPルームを選ぶと好きなだけいることができ2万円。60分1000円というと結構安い気がするのだがこれに3000円のテーブルチャージがつくので割と妥当な値段のような気がする。(僕はホストクラブの相場を知らないので何をもって妥当かはわからないけど、なんとなく)

 次にホストは2つに分けられる。まあ簡単なのだが、指名されるホストと指名されないホストだ。例えば、お客さんが「私はなんたってしゅん君じゃないとイヤなの!しゅん君でいっぱいなんだから」みたいな場合はしゅん君が指名される。指名したぶんだけ料金は少し高くなる。(指名料3000円)

 でもみんながしゅん君みたいに指名されるわけじゃない。むしろ指名されないホストの方が断然多い。だから残された哀れな多くのホストたちは自分もお客さんに指名されるように頑張るのだ。彼らが相手にするのはいろんなホストと話してみたいというお客さんや初めてホストクラブに来たお客さんだ。水商売の女性や40代ぐらいのおばさん、興味本位で来る学生なんかが多い。彼らは順番にそうしたお客さんの席に行き、名刺を渡し、お酒を飲みながら15分ほど話す。15分経つと目のぎょろりとしたホストがやってきて肩をたたいて合図する。どんなに話が盛り上がっていても15分で切り上げないといけない。そこらへんはしっかりしている。だからホストたちはこの間にお客さんの関心を引いて「指名」を勝ち取らなければいけなのだ。15分というのは意外と短くて自己紹介をお互いにしてさあ盛り上がってきたぞ、というところで「はい、おしまい」というぐらいの長さだ。

 お酒はたいていお客さんが奢ってくれる。そして今度は別のホストがお客さんのところに行き同じように話す。これを3回ほど行うとその日いるほぼ全員のホスト(8名ほど)がそのお客さんと話をしたことになる。そして最後にその日気に入られたホストはお客さんとメールを交換できるというシステムだ。次回は自分を指名してくれるかもしれないというわけだ。だからホストの仕事は完全に歩合制だ。自分が気に入られて指名が増えればそれだけ自分の給料も増える。月に150万も夢じゃないよ、とさっきのギョロリっとした目をしたホストは僕に話してくれた。以上が大体のホストのシステム。

 

 

共感生産機としてのホスト(助っ人→飯岡君による文章)

 フランスの哲学者、アンリ・ベルクソンは「共感を求める時こそ、人間が最も人間らしさを得る瞬間である」という言葉を残しましたが、彼に準じるなら、ホストクラブという場所はこれ以上ないほどに「人間らしい」場所なのではないかと思います。先述の「高校の部室みたいな控室」から出るとホスト達はたちまち共感の鬼と化し、工場顔負けの勢いで次々と共感を生産します。なにしろホストクラブを訪れる女性たちは概して共感に飢えており、彼らの生産性をもってしても間に合わないほどなのです。もちろん一辺倒の切り返しでは相手も飽きてしまうから、彼らは消費者のニーズに見合った適切な共感を提供できないといけない。まるでわんこそばみたいに共感を振る舞うその姿には、驚愕を越えてうっすら感動すら覚えました。僕だったらそんなこととてもできないし、そのうちに飽きてしまって退屈な顔をしてしまうでしょう。相方である原島君に誘われたとき僕は余程断ろうかと考えましたが、僕が女の相手なんてとてもじゃないができない、と言うと、彼は面接だけで七千円貰えるというのです。今考えてみるとそんなにうまい話がある筈もないのですが、僕は浅薄にして気づかず、お金に困っていたということもあって引き受けてしまったのであります。面接が終わり、僕たちは舞い上がっていました。面接も終わったし、さっさと帰ろうぜ。儲けたなあ。しかし、そう簡単にいかないのが社会であり、人生なのです。

そう、やはり「面接だけで七千円」なんてとんだ嘘っぱちで、「体験入店」なる試練が我々を待ち受けていたのです。そんなの聞いてないよ、と言ったって時すでに遅し。我々の周りをホストが囲み、「さあ、頑張ろうね」とか「最初は俺も緊張したから」などと宣っているではありませんか。相方の原島氏は割合乗り気だったけれど、僕にしてみればこれは一端のカタストロフィーであり、自らの軽率さを深く呪いました。なにしろ僕は心許ないほどに着古されたトミー・ヒルフィガーのTシャツ(父親が新婚旅行のために買ったもの)にしまむらのジーンズという恰好で、近頃の大学生であれば都下に出るのも躊躇するであろう有様でした。こんなヒッピー駆け出しのような姿で接客なんて、ましてや美男子を求めて来た女性の相手なんて、どうして出来ましょうか。しかし周りでは「頑張れ新入り気運」のようなものがすでに持ち上がっていたし、相方がやたら乗り気というのもあって、ここまで来ていそいそと逃げ出すとろくなことにならないと感じた僕ははたして覚悟を決めました。二時間おしゃべりするだけだ、そう自分に言い聞かせて。

かくいう成り行きで女性の相手をすることになった僕は、ひとまず例の「部室」で店長に呼ばれるのを待つことになりました。ブロードウェイの初出演みたいに緊張していた僕は、先輩ホストに話しかけられてもまるでSIRIのように同じことを繰り返して(「すみません、精一杯頑張ります」)いたから、緊張が解けるころには皆僕に話しかけるのをやめていました。今思えば気遣ってくれていたのに申し訳ないと思います。でもあの時の僕は、本当に、冷凍庫みたいにがちがちだったのです。彼らがいまごろ僕を忘れてくれていることを静かに祈ります。

さて、四百年みたいに感じる待ち時間もいつかは終わり、ついに記念すべき、あるいは忌避すべき僕の初舞台がやってきました。男前で能弁でいい匂いがして紳士気質でGUCCIに身を包んだ先輩ホストが甘い声で「行こうか」と言い、僕は冷ややっこみたいな顔で一度だけうなずきました。ついに開戦です。

我々が初めについたのは三人連れの若い女性で、学生風に見えました。三人ともこういった場所に経験があるようで、僕らが席に向かうと真ん中に座っていた子が慣れた口調で「どうも」といいました。すると先輩ホスト(以降便宜上グッチと呼ぶ)が「彼、今日体験入店だから」といって僕を紹介してくれたので、僕は羽虫のような声で「こんにちは」と言ってから頭を下げ、三人のほうに居直りました。

その時の彼女たちの顔!

一瞬僕のうしろにゾンビでも立っているのかと思いました。そうでもなければ人間にこんな嫌な顔ができるものか。眉をしかめ、口は曲がり、目は怪訝にあふれていました。ああ。思い出すだけで走り出したくなります。嫌悪の表現を競う世界大会があったら、きっと彼女たちは銅メダルくらい容易く取れたことでしょう。しかし逃げるわけにはいかない。何事、やり遂げてみて得るものが一つくらいあります。気にしない風を装って僕はグッチの隣に座りました。「かんぱーい」、グッチが言いました。ゴングです。乾杯が済み、皆がグラスを机に置きました。

沈黙。

グッチが目で僕に合図しています。ほら、話せ!しかし何かを話さないと思うほど、かえって何も思いつきません。100mを走った後のように心臓が暴れています。

僕の力量を把握したグッチが慌てて口火を切りました。「みんな、お酒とか好きなの?」、少し間があいて、真ん中の子が「それなりに、かなあ」と言いました。そしてもう一度僕を観察しています。両隣の女の子はスマートフォンをぽちぽちいじくって、なんの素振りもありません。しかしさすがはグッチ。話題をそれとなく猥雑な方面にもっていき、場が少しずつ温まってきました。僕が華麗に口下手を披露している間に、グッチはどんどんと会話を広げていきます。しかしなぜ人間はこんなにも性器の話が好きなのか。何はなくとも太さや長さの話をすれば、理由もなく盛り上がれるのです。まあいずれにせよ、これは確実に悪くない流れでした。このままグッチに話してもらって、僕は交代を待てばいいのです。時間が来ると店長が席にいるホストに合図を出し、次の担当に持ち場を渡します。そうすればまたしばらく部室で待機できる。僕は店内を見回し、店長

を探しました。そのときは見つかりませんでしたが、そのうちに戻ってくるだろう、と僕は思いました。きっと店長にもいろいろと仕事があるのでしょう。

 

つづく(かな?)

 

とここまで飯岡君に書いてもらったのだけど、彼はその後いろいろと忙しくなってしまい原稿がここまでしか書けなかったみたいです。僕=原島としては彼がその後どうなったかすごく気になります。その後の彼はどうなったのでしょうか。うまく時間までやり過ごせたのでしょうか。それともお客さんに散々笑われ者扱いされたのでしょうか。でもこればっかりは飯岡君しかわからないので、うん、まあしょうがない。いつかまた書いてもらうように言ってみます。

 

 

まとめ

 

 僕がホストクラブで体験入店してそこで感じたのは“対話が不在している”ということだ。もちろんホストとお客は話しているのだからそこにはいちおう対話のようなものはある。でもその対話というのは結局のところホストクラブ的対話でしかないのだ。あるしかるべき金額のお金を払い手に入れられた対話。そこで話されるのは店を一歩外に出たらさっきまで話していたことをもう忘れてしまっているような内容のものだ。下ネタ、簡単なプロフィールなどなど。そのあとには何も残らない。またホストの人はその場を盛り上げること=お客さんが楽しんでくれた、と考えているようでお客さんが投げた会話のボールをキャッチしても(あるいはキャッチすらせずに)すぐに自分の盛り上げるためのボールを投げる。そうした会話を繰り返しているとだんだん自分の話が全部煙のようにすっーと相手を通りぬけていくような感覚になる。そこには自分の言ったことがしっかりと相手に届いたという感触はない。僕のいうホストクラブ的対話というのはそういう対話だ。でも僕は決してホストは会話が下手だとかそうした対話がダメだとか言いたいわけではない。ただ僕はこう感じたというだけだ。あるいはお客さんは そうしたホストクラブ的対話を求めてここにやって来るのかもしれない。お酒を飲んでわぁーっと盛り上がり、普段の現実を忘れる。それはそれで需要と供給がうまく一致しているし、だからこそホストクラブが一つのビジネスとして成り立っているのだ。というようなことをぼんやりと僕は思った。

 

 次回は「僕の出会った有名人」です。また読んでいただけたら嬉しいです。